ククールの見たことのない表情を見て、心にチクリと針が刺さるような気がした。
サヴェッラ大聖堂にいた人は、確か、ククールの母親の違う、お兄さんだった。
俺でもわかる皮肉めいた言葉を放ち、そのまま去っていった。
その背を見る、ククールの眼差しが、何でか妙につらくて仕方なかった。




エイト。
今日、ミーティア、あの方を見ました。
マルチェロさん……だったかしら。随分険しい顔をなさっていたわ。
エイトは会いましたか?だから、あんな顔をされていたのかもしれませんね。
だってククールさんともお会いになったってことでしょう?
マルチェロさんとククールさんはとても複雑な関係なのだとお父様から聞きました。
ミーティアにはわかりませんが、きっと、ククールさんもおつらいと思うの。
本当は、きっと――




その夜、夢にミーティア姫が出てきて、俺に語りかけた。言葉途中で終わってしまった
夢のせいで、姫がどんな言葉を続けようとしたのかわからないが、姫は純粋につらい
とか思っているだけなのだと、思う。
ただ、勘でしかないけど、マルチェロ、さんも、ククールと同じ表情をしていたのでは
ないかってことが、わかった。
父も母もおらず、ただ遺された異母兄弟。
俺が知っているのは、それだけのことしかない。それだけしか、ないんだけど。
あんな顔を見せるから。
「ククール」
隣のベッドで寝ている人の名を思わず口にしたけれど、ヤンガスの鼾のせいで、
俺の声はかき消された、はずだった。
「ヤンガスだけでもうるさいのに、お前までうるさいのかよ、エイト」
ゴソリと布団が動いて、寝ていたはずのククールの目が開かれる。
「ったく、二部屋しかないとこれだから困る。別に悪さはしないからゼシカと俺が同じ
部屋でも全く問題ないと思うぜ」
ククールは起き上がると布団をのけて、俺の逆隣で寝ているヤンガスのベッドへと
つかつかと歩み寄った。
「何やってもコイツは起きねぇからな」
そう言ってククールはヤンガスの鼻を思いっ切り摘む。フゴフゴと空気が詰まる音が
して、その指がヤンガスの指から外されると、鼾は止んだ。
一時的なものだけど。
「で?」
振り返って俺を見たククールが薄暗いランプの光の下で俺に聞いてくる。
「何か怖い夢でも見たのか?」
わざわざ寝てる人の名前呼ぶなんてそれしか考えらんねぇけどなと小さく彼は笑った。
「あー、夢、夢は見たんだけど」
最初にミーティア姫が夢に出てきたときはそれは驚いたけれど、それから先はそう
驚くことでもなくて、昨日出てきたよ、こんなこと言ってたよと皆に教えている。でも、
今見ていた夢は、ミーティア姫が話していたことは、言うべきではないように思えた。
「大した、夢、じゃない」
「ふぅん」
自分のベッドに戻りながら、ククールは俺の返答に納得しかねるようで、もう一度
聞いてくる。
「怖い夢見て起きちゃったーなんてガキじゃあるまいし言いたかないよな。けど、
悪い夢は人に話した方がいいって言うぜ。いい夢は話さない。その方が夢が叶う
ってな。言っておいた方がいいんじゃねぇの、エイト?」
布団に足を突っ込んで、ククールはベッドに身体を横たわらせる。俺の顔をにまにまと
薄ら笑いを浮かべながら見ている。



悪い夢、なんだろうか。
(そんなこと言ったら、ミーティア姫がショックで泣きそうだ)
いい夢、なんだろうか。
(マルチェロさんが険しい顔をしてたのを姫が見たという話はいい夢か?)



「本当に、何でもないんだ」
どちらでもない気がして、どちらでもある気がした。
「ただの、夢だよ。目が覚めて、ククールが隣にいたから、ちょっと名前呼んじゃった
だけ」
「何だよ、つまんねえな。じゃあヤンガスでも良かったろ」
「あ、ヤンガスがまた鼾かく前に寝ないと」
「あーそうだ、そうだ。ったく、絶対次は別部屋にしろよ、エイト!」
二度目のおやすみを言って、俺はククールに背を向け、熟睡しているヤンガスの顔を
見て、そして目を瞑った。
マルチェロさんを見て、その言葉を受けて見せたククールの顔が、瞼の裏に浮かんで
きた。ミーティア姫の言葉が何度も繰り返された。
そのせいで、見たはずのないマルチェロさんの顔が同じように浮かび上がって、ククール
のそれと重なる。
何でだろう。
あのとき感じたチクリとした痛みが、ズキリとした痛みになった。
それだけじゃないんだと、証拠も何もない確信が、俺を取り巻いた。
ククール……
今度は口にせず、ただ想いだけで名を呼んだ。
君が見せた、あの顔は。
ミーティア姫が見た、あの人の表情は。





本当は、いい夢なんだろう。
本当は、悪い夢なんだろう。
互いに同じ気持ちを抱くことは、叶えたくとも叶えたくない想いに違いない。
互いに同じ気持ちを抱くことは、所詮は夢と笑い飛ばしたくなる史上最大の悪夢に違いない。
俺はどっちを選べばいいのだろう。
本当は。
本当は。







エイト。
どうして私たちは、矛盾した気持ちを抱えてしまうのでしょうね……
















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