花火




「すごーい……」
それは素直に口を突いて出た。乱菊は夜空に散らばる大きな花に目を奪われる。
「でしょ、でしょ、でしょ。花火って言うんだよ、スゴいよね、スゴいよね!」
瀞霊廷十一番隊隊舎の屋根の上に無理矢理乱菊は引っ張って来られた。たまたま隣の十番隊
隊舎にいたというだけだったのだが。
あーいたぁ!というやちるの声がしたと思ったら乱菊は腕を取られ、強引なまでに十一番隊隊舎
の屋根の上に連れて行かれたのだった。
残業を決め込んで書類を片っ端から処理していった矢先の出来事、乱菊は不意を突かれ、引っ張ら
れるがまま今に至る。
「花火って言うんだって。知ってた、松本さん」
「知らない……だって花火ってほら、手で持ってするのじゃないの……?」
乱菊が知っている花火は手に持って、その先に火をつければ鮮やかな火花が散るもの。夜空に
花開くものではない。
「それも花火なんだけどね、こういうのも花火なんだって。すごい綺麗だよねぇ。あ、パチンコ玉と
羽眉毛にも教えにいこ!」
やちるが屋根からぴょんと降りて走り出した。乱菊は誰のことを言っているんだろうと表情に疑問符
を浮かべながらその背を見送る。
その間でもドン、ドンと腹に響くような音を立てて夜空に花が開いていく。




今まで見たことがなかった。
瀞霊廷に務めてもう大分経つというのに、花火を乱菊は見たことがなかった。この夏の時期に
毎年上がっているなら知っているはずだ。知らないということは今年初めて上がっているのかも
しれない。
「きれい……ねぇ」
一人屋根の上に残った乱菊は呟いた。
夜空に色とりどりの大輪の花が咲く。パラパラと遠くに花が散る音がして、その音が消える頃には
花も消えていく。
「花より、儚いのね」
呟いた言葉は花火よりも早く消えた。
「あっれぇ、松本さん」
「松本さんも連れて来られたんですか?」
やちるが連れて来た面々を見て、あぁ斑目と綾瀬川なのかと乱菊は思った。
「えぇ。やちるが連れて来てくれたの」
「剣ちゃんは来ないって。そんなもの興味ないって」
「花火ってこんなでかいモンだったんですねー」
斑目が乱菊の隣に立ち言った。乱菊を挟むように綾瀬川が立つ。
「なかなか風流でいいものですね」
やちるが乱菊の袖を引っ張った。
「座ろ、座ろ。ね、座って見たほうがいいってば!」
三人並んだ後ろでつまらなそうにやちるが乱菊の顔を見上げている。
「そうね、座って見ようか」
やちるの隣に腰掛けて、乱菊はまた夜空を見上げた。何だか心がぎゅうと締め付けられる気が
して、息するのがどうにも苦しかった。
きっとそれは誰かへの想いを花火に投影させてしまったからかもしれない。








思い出すくらいなら。
抱いたままでいるのなら。
せめて言葉にできればいいものを。







「綺麗なもんスねぇ」
「うん、きれーい」
「松本さん?どうかしましたか?」
「え?どうもしないわよ」
斑目、やちる、乱菊、綾瀬川と座り、散っては咲く火の花たちを見ていれば、綾瀬川は花火より
乱菊の顔を覗き込んでいた。
「どうもしないなら、そんな悲しそうな顔はしないで下さい」
そう言って彼は視線を花火へと戻す。綾瀬川の方へ首を少しだけ傾けた乱菊は瞳をそっと伏せて、
口の端を持ち上げた。
「ごめん、そんな顔してた?」
おどけるように言って、乱菊が綾瀬川に微笑みかければやちるがまた乱菊の袖を引っ張った。
「どうしたの、どうしたの、松本さん?悲しいことがあったの?大丈夫だよ、花火見てれば忘れるよ。
だってこんなに綺麗だもん」
引っ張ったやちるへと首を動かせば、やちるが心配そうに乱菊のことを見ている。
「そうね、大丈夫。花火見てれば忘れるわね。だってこんなに綺麗だもん」
やちるの口調を真似て言えば、ニコリとやちるが笑った。
忘れるというよりも、花火のように、咲いて闇夜に融けるように散って欲しいと思うのだ。そうあれ
たらいいと願いながら、一生咲きもせず散りもしない感情は花のように綺麗なものではない。
「松本さん」
パチパチと花火に向かって手を叩くやちるには聞こえないような小声で綾瀬川が言う。
「恋とはそんなにつらいものですか」
乱菊は聞こえない振りをした。
折りしもその夜一番大きな花が夜空に咲き誇っていた。







恋がつらい?
そんな言葉で片付けられるなら、花火を見て誰かに気付かれる程悲しい顔はしないだろう。
恋ならいいと、それだけならいいと思うからこそこんなに苦しく見えるのだ。
打ち上げられ。
花開き。
何か訴えるように夜空に火が散っていく。
そして何も残らない。
乱菊は立ち上がった。やちるが「まだ見てようよ」と裾を引っ張る。
「ごめん、やちる。仕事まだ残ってるの」
両手を合わせ乱菊は十一番隊隊舎の屋根から降りて行った。そして向かう先は――――――








「市丸隊長、いらっしゃいますか?」









花火を見て、君は何を想う?
力強くも儚く消える夜空の花を見て、君は何を想い出す?
感じるは。
想うは。
その瞼の奥に浮かべるは。
言葉なく隣に立ち、ただ花火を眺めるも、ボクらの感情の表れやと自惚れてもえぇやろか。

















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