風鈴




「はい、日番谷隊長」
「……何スか?」
「風鈴よ」
「風鈴?」
「私のお手製」
「卯ノ花隊長の!?」
そんな驚かなくたっていいじゃないと四番隊隊長である卯ノ花は微笑んだ。白木の
箱を横に振れば、ちりんと響く音がする。
「お手製って風鈴て作れるもんなんですか」
「えぇ。ちょっと今硝子細工にはまっていてね。綺麗な音を出すように作るのは
結構難しいのよ」
「あ、ありがとうございます……」
各隊に卯ノ花からの連絡が来たのは数日前のこと。手が空いているときに四番隊
隊舎へ来るようにとのお達しだった。具体的な用件は何も伝えられなかったから
一体何の用かと思っていたら、『風鈴を渡す』のが目的だったのか。
「わざわざ手渡さなくても各隊舎に送れば良かったのかもしれないけれど、こんな
ときでもないとゆっくりお話もできないと思ったから」
冷たいお茶でもいかが?と卯ノ花は切子細工の器に琥珀色の麦茶を注ぎ入れた。
「あー、いただきます」
美味しいお菓子もあるのよと黒蜜のかかった葛切りを卯ノ花は出してくる。こりゃ
長くなりそうだ、と日番谷は思った。




麦茶を飲み、葛切りを頬張りながらちょっとした世間話をして日番谷が十番隊隊舎に
戻って来れば、乱菊が不機嫌を絵に描いたような顔で隊首室の真ん中に置かれた長椅子
に寝転がっていた。
「遅いです」
「わりぃ」
「寝るところでした」
「わりぃ……ってお前、まだ終業時刻にもなってねぇじゃねぇか」
「だって私の業務は全て完了して、後は隊長確認が必要なものだけなんですもの」
「悪かった」
身体を起こし、有無を言わさぬ勢いで言う乱菊にとりあえずは謝って、日番谷は自分の
机へと向かう。机の上にはさっきまで乱菊の机にあった書類の束がそっくり移ってきて
いる。
「めんどくせぇな、いつもいつも」
そう独りごちながら日番谷は手にしていた箱を机の上に置いた。
「隊長、それ何ですか?卯ノ花隊長の呼び出しって、」
「あーあぁ、コレ渡すために呼んだみたいだな」
長椅子から立ち上がった乱菊が日番谷の机へと歩を進め、箱を手にとる。その振動で
箱の中の風鈴がちりんと音を立てた。
「音がする」
「風鈴だって」
ペラリと書類を広げ、そこに書かれた文字を目に入れながら日番谷が答える。
「風鈴?」
「何でも今硝子細工作りに凝ってるらしくてな。風鈴作ったんだってよ」
「へぇ……相変わらず多趣味ですねぇ、卯ノ花隊長」
「んで、呼び出し食らったわけ」
「それでお茶と葛切りをご馳走になってきたと」
「な、何でわかんだよ!」
書類から顔を上げた日番谷にくすと乱菊は笑った。
「口の端に黒蜜ついてますよ」
真っ赤な顔をして袖口で日番谷は口の端を拭うと、フンと小さく鼻を鳴らしてまた書類
へと向き合う。
「開けていいですか?」
「あ?いいよ、別に」
「開けます」
視界の端の方で乱菊が箱を開ける様を確認しつつ日番谷は書類をまた一枚捲った。箱から
取り出すときにもちりんと音がする。
「わぁ、綺麗!」
日番谷が視線だけを声の主に向ければ、乱菊は風鈴を手にして持ち上げていた。窓から
入ってくる風が風鈴の音を奏で始める。
「ほら、隊長。すごいですよ。ちゃんとウチの隊章の『百合』が描いてある……」
卯ノ花隊長、絵も嗜んでるって話だからきっと直筆ですよと乱菊は言った。
「嬉しいですねぇ。早速飾りましょうか」
意外にも乱菊が喜んでいるのを見て、日番谷は正直驚きを隠せなかった。社交辞礼的な
喜びはしても、乱菊が声を上げて喜び、うきうきと飾ったりするなど想像もしなかったのだ。
――そんな一面もあるんだな。
日番谷の机の後ろの大きな窓の桟に乱菊は風鈴を取り付ける。吹く風に合わせ風鈴が音を
運ぶ。小さな音ではあるけれど、真っ直ぐな芯のある響き。単純な音だけれど、裏表のない
透明な響き。
「どうして風鈴の音ってこう、涼しさを感じさせるんですかねぇ。不思議」
「そうだな」
その相槌を最後に、隊首室には暫く風鈴の音だけが響いた。






り……−ん
風が吹けばそれだけで響く音。




り……−ん
何かが日番谷の中でひっかかった。




り……−ん
たとえば、自分の心が風鈴だとして。




り……−ん
風が吹けば、音が鳴るように、心が言葉になるだろうかと。




り……−ん
それはどんな言葉なのかといえば。







「ねぇ、隊長。風鈴みたいに簡単に、私たちはどうして音を出せないんでしょうね」
ふわと柔らかい笑みを浮かべたその人の方を見ずに日番谷は仏頂面で答える。
「出し惜しみ」
自分をちらとも見ずに言われて、乱菊は少しだけ顔をしかめたが、今度はニコリと
満面の笑みを表情に浮かべる。
「そうですね、出し惜しみ。じゃあ私も風が吹こうが雨が降ろうが絶対に言いません
から」
「勝手にしろ」






り……−ん
お前を好きだと言える日は、きっとずっと遠い。





















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