どんな言葉も拙いものに思えて、どんな言葉も意味がないものに思えて。
それ以前にあたしは自分の感情を言葉にするのがひどく苦手なのだ。
感情を言葉にしてはいけないと、ずっとずっと思ってきたから。
言葉にしたところで、それが相手に全て伝わるのかと言ったらそういうわけじゃない。
業務伝達のように、何時何処で何をしろ、そんな風に感情というものは伝わらない。
第一感情なんて、抱く本人すら掴みどころのないもので、言葉になんてどうやって
するものなのか、それすら正直あたしはわからない。




何がどう、何があれ、第一印象はお互いに素っ気無く、むしろ無愛想で、社交辞礼
とも言えるような世間話もなかった。
『天才児』と揶揄(と言ってもいいと思う)される彼は入隊試験を受けた後異例の抜擢
で十番隊隊長となった。
どうにも問題があったと噂の前十番隊隊長は虚との戦いで命を落としたのだが、それが
仕組まれたものであったとかないとかはこの際どうでも良くて、その後釜に入った彼の
ために今の十番隊は編成されたのだ。
どこまでも特別待遇。
彼を見る眼が穿ったものであるのは仕方のないこと。
あたしが副隊長になったのはそろそろ異動の時期だったからもあるだろうけど、無駄に
ここでの経歴があるに他ならない。
何を考えているかわからない三番隊の糸目の隊長と同期なんだから、まぁそれなりに。
瀞霊廷に雇われている身、駒のように扱われるのは慣れているけれど(嫌いなヤツの
部下になったり、尊敬する人の部下にはなれなかったり)今回の異動は少し堪えた。
どんなヤツかわからないだけに、心構えも作れなかったから。
おかげで無愛想極まりない自己紹介で終わってしまい、そんな関係は暫く続くのだ。




『天才児』はあくまで『天才児』で、能力面では当然彼があたしに勝るとしても、実務
面であたしに彼が敵うはずはない。
仏頂面を見るのも慣れた。
沈黙を何時間も過ごすのも慣れた。
子供だなと思ったが、あたしも子供だったと思う。
見くびることはなくとも見下していただろうし、あたしも『天才児』を穿って見ていたに
違いない。
思えばあたしと彼は眼を合わせたことがなかった。
こんなんで、隊長と副隊長の信頼関係など築けるはずもないと気がついたのは前の
十番隊隊長が仕留め損ねた虚がまたその姿を現し、現世で暴れていると報告を受け
討伐に向かうときのこと。
「え?聞いてませんよ、私」
「別にお前に許可を得るものでもないだろう?隊の編成はこの書の通り。お前は伝達
だけすればいい」
「隊長、ご相談も何一つなく作戦を立てられても困ります。曲がりなりにも私は、」
「副隊長だって言うんだろう?こういうときだけ副隊長を気取られても困る。お前は俺を
隊長として見ていないじゃないか?違うか、松本」
「ちが、」
「いますとは言えないと思うが」
このとき、あたしと『天才児』は初めて眼を合わせた。射すくめられるような思いがした。
彼の視線はあたしを射て、けれどその色はとてつもなく悲しげで。
「所詮、俺は『天才児』でしかねぇんだろ」
文句は言わせねぇ、これでやれと彼は言って、あたしに作戦が書かれた書を押し付けた。
「隊長!」
「お前がちゃんと俺を『隊長』と呼べるように、俺なりにやることをやるつもりだ。副隊長の
お前が俺を認めれば、誰も俺を只の『天才児』とは思わなくなるだろう?」
その言葉に、あたしの態度が彼を傷つけていたのだと知った。
どんな色眼鏡であたしは彼を見てた?
それは間違っていたんじゃないの?






「隊長」
「あー松本、これ見ておけ」
「見ておけって、これ、隊長格のみ閲覧可の書類ですよ」
「俺に何かあったときはお前が隊長代理になることを忘れるな。俺の知るべきことは
お前の知るべきことでもあるということだ」
そしてあたしたちは変わった。いや、あたしが変わったのだ。
彼を理解することに努めた。努める、というのは語弊があるかもしれない。自然と彼を
知っていったのだ。少し心を開けばそれは容易なことで、どうしてあたしはそれができ
なかったのか悔いた。
下手に歳をとるものじゃないと……悔しいけれど、そんな風にも思った。
けれど、彼を傷つけたことを知ったから、あたしは今彼の傍にいられるのかもしれないと
感じている。
彼がくれた『信頼』はあたしが今まで他の誰からも得られなかったもので、それは多分
あたしがずっと欲しかったものなのかもしれなかった。
与えられたもの、それから生まれるものは複雑でまるで迷路で、それをどう表現して良い
のかわからないのに、あたしは戸惑いながら生まれゆくものを拾い集めて。










いろんな言葉がありすぎて、いろんな感情がありすぎる。
ねぇだから羨ましいわ。
たった一つの感情を、たった一つの行為で表すあんたたちが。
小さな光。
その光にどれだけの想いを込めるの。
たった一つの、それ以上もそれ以下もない感情。
それだけならいいわ。あたしには、もういろんな、本当にいろんな気持ちがあって、想いが
あって、たった一つの光じゃとても伝え切れそうにない。
全てを伝えきれぬ言葉じゃ表せない。
恋慕を伝えるだけの光じゃ、あたしの感情は表せないの。
ねぇでも羨ましいのよ。
それだけの感情なら、どんなに楽かって思うから。








「松本、逆さ蛍って知ってるか?」

















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