西瓜




 いかにも暑そうにだらだら歩く背中を見つけ、乱菊は修兵――とその名を呼んだ。
「西瓜食べない? 沢山貰っちゃってさァ」
「西瓜ァ? ああ、そういえばもうそんな季節ですね」
 怪訝な顔で振向いた男は、納得したように頷いて、じゃあ有難く戴きますと微かに
笑った。
「鬼魅悪いくらい人当たり良いわね、あんたって。顔怖いけど」
「顔のことは親父に言って下さい。瓜二つだそうなんで」
 素っ気ない口調で父親の話題を振られ、乱菊の方が狼狽えた。修兵は最近、家族や
家柄の話を白地に避けたりしなくなった。伸ばしたままだった髪を切り、闘いの血を
象徴するが如き真一文字を青く引いた。まるでそれが訣別の儀式であったかのように、
毎日見ているわけでもない乱菊の眼にも明らかな変貌を遂げることになる。
 随分と、精悍になった。
「大人になったじゃないの」
「そんなもんですか」
 可笑しそうに笑う乱菊を見遣り、男は肩を竦めた。大人になると云うことは冷たく
なると云うことではない。無感動になることでもない。況てや諦めることなど一番遠い。
それは覚悟だ。ぴんと張詰めた真冬の空気のような、すうと凪いだ鏡にも似た湖面の
ような――護ることへの覚悟だ。
「そういうもんよ」
 ホラこっちだよ、這入って――隊舎の自室の鍵を開け、振返って手招きをした。
お邪魔しますとか言って頭を下げている。基本的には育ちが良いのだ。躾が良いと言う
べきか。
「うわ、凄い量ですね」
「でしょ?」
 大中小の西瓜が氷水を張った盥にごろごろしている。修兵が思わず感嘆の声を挙げると、
今度は乱菊が笑って肩を竦めた。
「誰に貰ったんですか?」
「色んな人だよ。昼刻に道端で伊江村さんなんかと、今日は特に暑いから、西瓜でも冷や
して食べたいねェ――ッて話してたら、なんだかみんなして。恋次でしょ、弓親でしょ、
あと桃と、ホラあの六番隊の恋次じゃない刺青の子とか――でも、更木隊長が来たのには
面食らったねェ」
「更木隊長があ?」
 眼を瞠る男に、倩兮と女は笑う。鬼の更木剣八がねェ――。
「やちるがいつも世話ンなってるからな、こりゃ礼だ――とか言っちゃって。可愛かったよ」
 修兵も愉快そうに笑い、「もてますねえ」と真顔を作って地口を言った。
「あら檜佐木副隊長どのには敵わなくってよ、悪いけど」
「おれがあ? 何情報ですかそれ」
「確かな筋からの情報だよ。教えてやんないけどね」
「あー、何か気持ち悪いなあ」
 胃の上辺りを大袈裟に擦って、修兵はげんなりと言った。望まぬ好意は時に、敵意より
余程男を疲れさせるようだ。
「気持ち悪いぐらい天罰だよ。あんたって本当に、もう殺人的に鈍いんだから。――二個
ぐらいで足りるでしょ? 一個ずつ」
 きつい文句をさらりと言って、袖を捲った乱菊は、なるべくみずみずしい色づきのものを
ふたつ、出してやる。有難うございます、と気にした風もなく男はそれを受取った。
「二個で良いんですか? そんなにあっちゃ食べ切れないでしょうに。乱菊さんからだっ
つってうちの隊舎に持ってきゃ、おれがおれがって群がって来る連中が山程いますよ。いる
だけ残して渡してくれてもいいのに」
「使い回しの志じゃあ、ちょっと心苦しいしねェ」
「そりゃそうだ」
 後ろ頭を掻きながら言う修兵を、はたと気付いたように乱菊が覗き込む。
「あれ。今更だけど、あんた甘い物大丈夫?」
「何だよ、本気で今更だなあ」
「忘れてたのよ。あんた確か去年の春ごろ、桃があんまり嬉しそうにお土産配ってるもんだから、
断れなくッてこっそり恋次に全部あげてたんじゃなかった?」
 育ての親だと云う<おばあちゃん>に会いに行ってきた娘は、おばあちゃんの金鍔は絶品なん
ですよ、と言って嬉しそうに差出した。仮令血の繋がりはなくとも、家族を誇らしく思える桃の
気持ちは尊いものだと思ったので――本当の意味で有難う、と答え受取った。修兵には、ないもの
だったからだ。
「ああそうでした、阿散井の奴、いいんスか!? とか言って嬉しそうに持帰ってましたけど」
「あれもあんな形して甘党だからねェ。でもそれじゃ、西瓜だって食べれないんじゃないの?」
 無理しなくっていいわよ、と眉を顰める乱菊に――修兵は食ってみたら案外旨かったんですよ、
と痴れっと言って仕方なさそうに笑った。
「ちょっとあんた、それってずっと食べず嫌いだったってこと? 信じらんないね!女の敵よ」
「はあ…」
 敵まで行っちゃいますか――存外情けない声を出すので笑って許してやる。
「いい子だね。そんな甘い物初心者のあんたには、御褒美にこれをあげる」
 にっと笑ってと差出したのは修兵の両手でつつめそうな小さな西瓜。みっつめですか、そう
みっつめ――頸を傾げあってまた笑った。
「それじゃそっちの大きいのがあったまんないうちに行きな。ちゃんとわけて食べるんだよ」
 ちびっ子貴族隊長さん、一個で充分かもね――悪戯っぽく笑って女が言うと、男は先刻より
げんなりした顔を作ってかぶりを振った。
「いや、あいつは全部食います。賭けても良い。腹瀉すからやめろっつっても、おれの言うこと
なんか聞きゃしねえ」
「お互い苦労するねェ」
 言葉の割に気持ちよく笑った乱菊を見て、乱菊さんはちびっ子隊長ふたり抱えてますからね、
でかいのと小さいのと、両方髪が白くてムチャクチャ強い――と、
 愉快そうに、笑った。
















コメント:
修砕になってるし!!!(爆)
乱菊さんと檜佐木くんは、こんな関係であって欲しい。恋次とも。






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