うなじ




ギンは統学院の長期休暇をただ漫然と過ごしていた。休みの度に訪れる荒屋の板の上に寝転がり、うつらうつ
らとする。夢と現の境を愉しみながら、たゆたう。朝まで降り続いた雨のせいで湿気を帯びた風が、ギンの身体
を柔らかく包む。
 顔に受けていた日差しが遮られた気がして、ギンは薄く瞳を開ける。
「なんだ、起きてんじゃない」
 日差しを遮ったのは乱菊だった。長い髪が、片側から零れ落ちている。日に当り、やわらかに光る淡い茶の髪。
ギンは「えい」と小さく呟いて、身体を起した。元より、乱菊のいないつまらなさをやり過ごすために、うた
た寝をしていたのだ。
 身を起したギンの目に入った、意外な、白。
 あらわになった白いうなじに目を奪われる。
「髪、どうしたん?」
「今日、湿気がね、」
 答えながら、乱菊は顔を顰める。左側に寄せて軽く結った髪を指先で梳く。いつもは長い髪で隠れて見えない
白いうなじのなまめかしさに、訳もなくうろたえる。
 乱菊はギンの狼狽に気付かずに、クスリと笑った。酷く意地悪に。
「ゴロゴロゴロゴロしてると、肥えるわよ、」
「ボク体質的に太らないんや。気をつけなくちゃならんのは乱菊ちゃんとちゃう?」
「アンタはっ」
 乱菊はにっこりと笑ったギンの鼻を抓んで、軽く捻ると手を離した。ギンは鼻を擦りながらブツブツ文句を言
っている。
「言って良いことと、悪いことがあんの、」
「先に言うたの、キミやよ」
 ギンは不服そうに言いながら乱菊に指を伸ばす。鼻を抓まれるのかと思って軽く身を引いた乱菊の髪に触れ、
髪を束ねていた紐に指を引っ掛けて、それを解いた。

 やわらかに、髪が零れ落ちる。
 ギンの好きな淡い色合いの茶がふわりと広がる。
 湿気のせいで普段より波打つ髪に、光が注ぎ、艶やかな髪に彩りを加える。

「何すんのよ、」
「……乱菊ちゃん、下ろしてた方が絶対えぇって、」
 言って、ギンは笑う。
 本当は、あまり人に見せたくないから、だから、わざと言った。
 乱菊は広がった髪を掻き上げる。光が波紋のように、髪に広がる。
「そんなこと言われてもねェ、こういう時っていうこときかないのよねぇ」
「それをなんとかするのが、女の腕の見せ所やよー、」
「言うわね、」
 乱菊はちらりとギンを見て睨みつける。
「アンタは手がかからなそうでいいわよね、髪」
「そ? でも、ボクは乱菊ちゃんの髪の方が好きやなぁ、」
 ギンは指を伸ばして髪を掬う。のぞいたうなじにわざと触れるようにして、髪を手放した。ふわりと下りる髪
と共に、仄かな花の香りが鼻腔を擽る。
「アンタはまた、適当なことばっかり言って、」
 言いながら、乱菊は髪を丁寧に梳き始めた。陽に透けるその髪を見ながらギンは目を細める。

 皆の前でうなじをさらされるの癪だから。
 
 寝乱れた時に、密やかに晒されるものであれば良いから。
 
 殊更に繰り返す。
「乱菊ちゃんはそのほうがええよ」

 うなじの白さも、なまめかしさも、自分だけが知っていれば良い。










コメント:
乱菊さんの色気が少しでも伝わると良いです。





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