花火




今日は年に一度の花火大会とだけあり、朝から瀞霊廷内の空気が浮ついているような気がしていた。
十三隊のどの隊も、まだ夕刻だというのに閑散としている。おそらく、運悪く夜勤となった隊員以外は皆
花火見物に出かけるのだろう。
 毎年恒例となっている一番隊主催の宴会への出席を面倒に思った日番谷は、自分が隊舎に残るから
花火でも見に行って来い、と夜勤の隊員を全員帰した。騒がしい酒の席はあまり好まない。だったら、
楽しみたい者に楽しんでもらった方がずっと良いと思ったのだ。

 溜まっていた事務仕事さえ終わらせれば、あとは緊急事態でも無い限りゆっくりとしていられる。
目の前に積み上げられていた書類をあらかた片付けたところで、気分転換に篭った空気を入れ替えようと
執務室の窓や扉を開け放った。生暖かい空気がゆるゆると室内へ入り込む。この空気にも、もうすぐ
火薬の匂いが混じるのだろう。
 冷やしておいた茶を湯のみに注ぐ。長椅子に腰を降ろして休憩をしていると、副官の松本乱菊が浴衣姿で
現れた。今夜は、宴会に出席する予定であったと記憶していたのだが。
「お疲れ様です」
「どうした?」
「忘れ物をしちゃったんです」
 そう言うと乱菊は自分の机の引き出しを開け、中から透明な、硝子のような素材で作られたかんざしを
取り出した。そしてその場で長い髪をくるくるとまとめ上げると、そのかんざしを挿して固定した。器用な
ものだ、と日番谷は感心する。
「よくそれで髪がまとまるな」
「コツがあるんですよ」
 乱菊は微笑むと、休憩、と言って、長椅子の端――日番谷の隣に腰を降ろした。
「隊員達、休みになって喜んでましたよ」
「・・・たまには羽を伸ばすのもいいだろう」
「でも、隊長だけ仕事だなんて」
「いいんだよ。宴会で酔っ払ったオヤジどもに囲まれるよりマシだ」
 日番谷の言葉に、乱菊は笑った。笑ってはいるのだが、日番谷にはどうも彼女が疲れているように
見えるのだ。この部屋に入ってきてから、ずっとそう感じていた。今日は午後から非番であったのでゆっくりと
休息は取れたと思うのだが。
「疲れているみたいだな」
「・・・分かります?」
「何かあったか」
「女の子達の着付け、やってあげてたんです。浴衣って死覇装とは勝手が違うから1人で着れない
子、多くて」
 花火大会の宴会に出席する時は、女性は皆、浴衣を着用する。義務というわけではないのだが、浴衣を
着ると総隊長の機嫌が非常に良くなるというので、いつの間にか慣習となってしまったのだ。
 乱菊は長椅子の背にぐったりと寄りかかった。それでも帯が潰れないように気を使い、
体を横向きにしているところがこの女らしい。
「帯を巻くのなんて全身運動ですよ。だから、なんだかまだ体が火照っていて」
 暑い暑い、と、乱菊が手で空気を扇ぎ風を作った。その姿を見た日番谷は自分の飲んでいた茶を
彼女に差し出した。
「飲むか?冷えてるぞ」
「いいんですか?ありがとうございます」
 乱菊は湯呑みを受け取ると、一口二口、口に含んだ。
 水分をとったせいで汗が出たのだろう、乱菊は懐からハンカチを取り出すと、それを首に当てた。
その仕草も、普段は長い髪で隠されている白い首すじも、何もかもが艶めいて見え、日番谷は思わず目を
そらした。
「・・・もうすぐ花火、始まるんじゃねえか?」
「もうそんな時間ですか?」
 自分の気を落ち着かせるために口にした適当な言葉はありがたい事にその場にぴたりと合っていたらしく、
すぐに花火が打ち上げられる音が聞こえてきた。
「始まったな」
「そうですね」
「花火、どこで上げてるんだ?」
「さあ・・・どこでしたっけ。西の川原だったらここから見えるかもしれないですけど」
 乱菊は立ち上がると、窓の傍へと歩いていった。また、花火が打ち上げられたのだろう。今度は連続して
音が聞こえる。
「隊長」
 呼ばれたので顔を上げると、乱菊が手招きをしていた。彼女の隣へ行き開け放たれた窓から外を覗くと、
暗い夜空に花火が開いた。距離は遠く、半分ほど建物に隠されてしまってはいるが。
「ここからも見えるんですね。小さいし、ちょっとだけですけど」
「気付かなかったな」
「毎年もったいない事してましたね」
 花火は次々に打ち上げられる。宴会に行かなくていいのか、と日番谷は乱菊に聞いた。もうすでに、
会場は盛り上がっているに違いない。
「・・・あたし、ここに居てもいいですか?」
 視線は花火に向けたまま、乱菊が言った。
「・・・浴衣、せっかく着たのに皆に見せなくてもいいのか?」
「一番見て欲しい人が見てくれたからいいんです」
「俺か」
「はい」
 乱菊は、今度はきちんと日番谷の目を見て言った。
「いいですか?居ても」
「・・・追い出す理由は無い」
 乱菊から目をそらさずに、日番谷はそう返事をした。

 思いがけない時間の共有を嬉しく思う。口には出さず、二人は密やかに微笑み合った。













コメント:
夏祭、楽しませていただいています。開催してくださり本当にありがとうございます。






ブラウザバックでお戻り下さい。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送