肯定の言葉が欲しかっただけ |
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夜空の遠くで火の花がひらいた。 鮮やかな光を空いっぱいに咲かせた後、大音響と共に花は跡形もなく消えてしまう。 流魂街のとある地区に腕の良い花火師がいるということは知られていた。 花火師は年に一度だけ暑い夏の夜に、一年かけて造り上げてきた花火を惜しげもなく披露する。 それは流魂街の住人だけでなく、瀞霊廷の死神達も毎年楽しみにしている者は少なくない。 その花火師は十三番隊副隊長を勤めていた、志波海燕の妹だと知っている者はごくわずかであった。 瀞霊廷のとある建物の屋根の上で、ひとりの死神が胡座をかいて夜空の大輪の花を眺めていた。 死神は刃物のような鋭い目を持ち、右頬には縦に刻まれた三本の爪痕がある。 「ん?」 花火が弾けた後、ふと聞こえてきた小さな物音に、九番隊副隊長・檜佐木修兵はぴくりと反応する。 見れば屋根の端っこギリギリの位置に、氷の入った器で冷やされた酒瓶と、ふたつのグラスが乗ったお盆が置かれていた。 夜闇に慣れた目がお盆の横にあらわれた、すらりとした四本の指を捕らえる。 すると次の瞬間には夕暮れの太陽を沈ませた海のような髪と、見事なスタイルを持つ美しい女の上半身が出てきた。 「遅くなってごめんね、修兵」 屋根の上を歩きながらそう修兵に詫びてきたのは、十番隊副隊長・松本乱菊。 「いいえ・・・急な仕事でも入ったんすか?乱菊さん」 「うん、ちょっとね」 お盆を間に置いて苦笑を浮かべた乱菊を、花火の光が照らす。 遅れてやってきた音をやり過ごして、乱菊は口を開いた。 「手違いで少しばたばたしちゃってさ、隊長が行った後だったから大変だったわよ」 「え?日番谷隊長って今日非番でしたっけ?」 「ううん、そうじゃないんだけどさ」 乱菊はグラスに冷酒を注いで、修兵に手渡す。 「夜から桃と二人で流魂街に里帰りしてんの」 「ああ。そういえば雛森のヤツ、今朝の定例集会でそんなこと言ってたなぁ・・・」 花火が咲く夜空に目を向けて、修兵は辛口の冷酒を飲む。 「ええ、今頃は三人で花火見てるでしょ」 「ふぅん」 からん。と、音をたててグラスの氷が入れられる。 「二人とも『一緒に来い』って言ってくれたんだけどね・・・家が花火師と同じ地区にあるから、花火がすごく近くてきれい なんですって」 自分の分の冷酒を注ぐ乱菊の横顔を、また花火が照らした。 「・・・なのに断ったんすか?」 「まぁね」 「どうして?正月ん時も断ってたじゃないっすか」 冷酒を一口飲んだ乱菊の唇は艶やかに濡れていた。 「久し振りの『家族水入らず』を邪魔したくなかったし・・・それに・・・悲しくなってきそうで」 小さく笑ってうつむいた乱菊から視線をそらして、修兵は音をたてて夜空に咲き乱れる花火を見つめる。 「あたしにはこんな風に『帰る家』なんてないんだって、虚しくなってきそうで嫌だったの・・・」 修兵は何も言わない。 ただ花火を眺めて冷酒を飲みながら、乱菊の声に耳を傾けるだけ。 「同じ流魂街出身でも、隊長と桃には暖かく迎えてくれる家も人もいるのよね・・・あたし達とはえらい違いだわ」 乱菊は手の中でグラスを回して、からからと音をたてて氷がぶつかり合うのをじっと見ていた。 「・・・本当は行ってみたかったんだろ?」 「え?」 乱菊が顔を上げて横を見ると、正面を向いた修兵を花火が照らした。 「できれば『四人目の家族の一員』として受け入れて欲しかったんだろ?」 「修兵、あたしは・・・」 「でも怖かったんだろ?その暖かさを知るのが・・・」 修兵の言葉に乱菊は何も言い返せず、グラスの中でゆらめく冷酒に目をやる。 唇を噛むと花火が光の花弁を開き、冷酒の水面にうつし出された。 「オレだって一緒っすよ」 「え?」 修兵はことんとグラスを置いて手足をうんと伸ばすと、静かな笑みを浮かべて乱菊を見据える。 「実はオレ・・・今日東仙隊長に見合い勧められた・・・そろそろ身を固めてもいいんじゃないかって」 「そうなの?」 「ああ」 修兵は苦笑をうかべて冷酒の残りをあおった。 「少し前に東仙隊長の親戚宅にお邪魔する機会があって、そこの娘さんがオレのこと気に入ってくれたらしいんすよ」 「へぇ、美人?」 「まぁな」 「やるわねえ。あんたも」 乱菊が修兵のグラスに冷酒を注いでやると、次は修兵が瓶を受け取り空になりかけた乱菊のグラスに注いでくれた。 「オレが流魂街出身者でも一向に構わないからって、ご家族揃って心から望んでくれてるみたいで・・・その気持ちは すごく嬉しいけど・・・」 修兵がグラスを顔の前に掲げると、雫を浮かせた冷たく曇ったガラス越しに赤い花火が散った。 赤い花弁はやがて金色に変わり、夜空をゆっくりと流れ落ちては最後に白い星を瞬かせて消えてゆく。 「折角だけど断ろうと思う・・・オレも乱菊さんと一緒で怖いから・・・」 修兵がグラスを傾けると、氷がからりと鳴った。 「オレには『家』も『家族』もない・・・流魂街の仲間も、統学院で仲良かったヤツらもみーんな死んじまった・・・ひとりの 時間が追い越しちまって、今更誰かと二人で生きろと言われてもって気がするんだ・・・」 乱菊は音をたてて尾を引きながら、火の玉が夜空に上昇していくのを見守る。 ぱあっと広がった火の花は今夜見た花火の中で一番大きく、少し遅れて建物が揺れるほどの爆発音が響き渡った。 「でも・・・東仙隊長はきっとあんたに幸せになって欲しいって心から思ってるわ」 「日番谷隊長だってきっと、乱菊さんの幸せを誰よりも願ってますよ」 即刻返ってきた言葉に、思わず乱菊は修兵の方に顔を向ける。 目が合うと互いにぷっと吹き出して、修兵は照れ隠しに指で鼻の下を軽く擦った。 「本当に不器用よね、あたしもあんたも・・・『幸せ』の意味もろくに理解していないくせにさ」 「そうっすね・・・」 冷酒飲みながら、二人は何も言わずに夜空に咲く美しい花々を眺める。 「きれいね」 「ああ」 「一体どんな人が造ってるのかしら?」 「さあ・・・知らねえなぁ」 屋根の上にグラスを置いて修兵が口を開いた。 「気になるんなら・・・今度行ってみればいいじゃないっすか」 「え?」 「花火師が日番谷隊長と雛森のいた地区に住んでるんなら、二人に頼んで連れてってもらえばいいじゃないっすか」 乱菊は長い睫毛を伏せて、グラスの中の揺れる水面を見つめた。 「そうね・・・連れてってもらおうかな・・・」 グラスの中身を飲み干すと、修兵と自分のグラスを冷酒で満たして乱菊はニヤッと笑う。 「いっそのこと、あんたも考えてみたら?お見合い・・・」 「うーん・・・」 苦い顔の修兵が手に持ったグラスに乱菊は自分のグラスを近付けて、かちんと軽くぶつけて涼やかな音を鳴らす。 「今じゃなくても、その内あんたの前に運命の人があらわれるかもよ?どんなことがあっても一緒にいたいと思わせて くれる人が・・・」 「そうか?」 「もしそうなった時は今度は逃げないで、ちゃんと自分や相手に向かい合っていくのよ?」 「・・・頑張ってみます」 二人が冷酒を飲み干したところで、最後の仕掛け花火が打ち上げられた。 それきり乱菊と修兵は言葉を交わすことも忘れて、ただ夜空で繰り広げられる光の饗宴に見惚れる。 来年の花火の日に相手の姿がここにいないことを、互いに願い合いながら。 |
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