涼音




 ちり、と遠くで微かな音が聞こえた気がする。
 そのささやかな涼しい音色に、日番谷ははっと顔をあげた。耳の奥に響いた音は僅かなりとも涼しさを運んで
くれた気がしたが、その余韻も感知することは出来ない今、風は確かに吹いているのに、空気が淀んでいる気が
して息をするにも苦しい。
 耳を澄ましてもその音はもう聴こえてこないので、気のせいだったかと思い直した。
「あち」
 手の甲で額を拭いながら声に出す。
 下の者にでも聴かれたらさぞ驚かれるだろうが、俺だって蛇じゃねぇんだから、そりゃ熱ィだろ。なぁ。と暑
さでだれた気持ちで誰に問うともなしに心中で呟いた。
 松本が休憩をとって出て行って、どれくらいが経ったのだろう。実は何分も経っていないかもしれないが、一
人だと特に暑さが響くように感じる。
 頭から水かぶっちまいたい、と思ったところでぱたりと書類の上に水滴が落ちたのを認めて、さらに気分が悪
くなる。清々しい水のイメージがいきなり濁った。
 ここまで汗を掻くなんて相当のものだ。まして室内なのに。
 こんな日くらい休みにしたい、と思ってもそう簡単にいかない役所だ。
 さて、もうひとふんばりすっか。
 と思ったところへ、またしてもりりーんと、今度は近く音色が聞こえる。
 そうかと思った瞬間戸が開き、松本が立っていた。
 手には風鈴。
 これか、と納得しつつ眺めると、応えるようにさらに「りりり」と鳴る。
「風鈴か……」
 日番谷の言葉に、松本は笑った。
「せっかくの風物詩ですもの。気休めだけど……ないよりはマシでしょ?」
 軒に提げると待っていたように温い風が吹き、ちりちりーと鈴が鳴る。
 空気の温度が変わった訳ではないけれど、やはり心なしか、涼しくなったような気がする。
 ほっと息を吐く日番谷の額からつーと落ちる雫を、松本は断りなく手拭いで拭った。
「凄い汗」
 何故か嬉しそうに笑うから、気恥ずかしくて。
 だから、溜め息を吐く。
「カッコワリィ」
 いつも涼しい顔の隊長が、こんなふうに汗掻いて仕事してるなんて。
 言うと、松本は目を見開いたあと、「とんでもないわ」と答えて破顔した。
「こんなに暑いのに、汗流しながらそれでも仕事してる隊長だから、格好良いんですよ。だから風鈴も買ってき
たの」
 なるほど、休憩時間は風鈴を求めに出かけていたらしい。
 確かに今日は朝からむっとするほどの熱気で、それでも滴る汗にも不平を言わずにせっせと働いていたのだが
、その上司の姿に何か感じて買い求めてくれたのだろうか。
 風鈴は青を基調とした見た目にも涼しげなものだった。どんな熱風でも風だけには事欠かないらしい今日とい
う日に感謝しつつ、その青色を見上げる。
 日番谷の視線を追って、松本は笑った。
「これね、綺麗で涼しそうで良いでしょう? 隊長のイメージが青色だな、と思ったから。隊長、寒そうな名前
だし」
 嬉しそうなその微笑みを、日番谷は半眼で見遣る。寒そうとは何だ、寒そうとは。
 けれど、その色も……風鈴も、そして戻ってきた松本の存在自体も確かに日番谷の心に涼を運んでくれていた

 先程一人で居た時に感じていた耐え難い暑さには比ぶべくもない、気持ちの良い空気。
 温度が、変わった。
「松本」
「はい」
 名前を呼ぶと返事をする。どんな時でも応えるその人に。
「助かった。有難う」
「……こちらこそ」
 応えた松本の声と共に応答するように、もう一度、風鈴がちりりー……と鳴った。














コメント:
訳分からない(汗)。寧ろ何が言いたいのかおまえは……。風鈴とか、そういう細かなものを用意する
のはきっと乱菊さんなんだろうと思った瞬間浮かんだ短文でした。






ブラウザバックでお戻り下さい。






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送