西瓜




「元気がないんです」
 とだけ、吉良は溜息まじりに言ったので。
 松本はその派手な睫毛を瞬かせながら、首を傾げた。
「……動物でも飼ってるの?」
 しかしそんな相談を自分にされても、不慣れだから困る。
 そう言おうとした彼女を振り返った吉良は、その目を大きく瞠っていた。
 まるで、あまりにも予想を超えたことを言われたとでも言うように。
「ど、動物!? ……あっ、そうじゃなくて、隊長が……」
 言いかけた吉良の言葉に、今度は松本が目を瞠った。
「市丸隊長が動物を? ……珍しいわねぇ」
 自分自身以外のものにはあまり心を砕かない男ではないかと思うのだが。
 しかし松本のこの言葉にも、吉良は驚いたようだった。
「ええ!? ち、違いますよ! 市丸隊長が元気がないんです!!」
 叫ぶような吉良の言葉に、得心がいく。
「あ、ああ。市丸隊長のことね」
 曖昧な微笑を浮かべて納得を示すと、吉良は傍目にもホッとした様子を見せた。
 そんなにギンが愛玩動物を飼っていると誤解されるのが重大なのかしら、と松本は少しだけ笑いたい
気分になったが、辛うじて堪える。
 それにしても……自隊の隊長の元気がないと他隊の副隊長に相談すると言うこと自体何だか笑い話の
ようではないか。
 子供みたいね、ギン。相変わらず。
 松本は何故市丸の元気がないのかに思い至って、とうとうくすくすと笑った。
 吉良の不思議そうな視線を感じる。
「夏バテ、でしょ」
「……あ!? ……はい、確かに……そうみたいです」
 吉良も納得したように頷いた。
 市丸は最近元気がない。
 いつもきちんと食事だけはとる人なのに、食欲もあまりないようだし、夜も眠れないようだった。
「そうか……。でも、どうしたら良いでしょう。鰻とか食べて頂いたら良いんでしょうか」
 夏バテには鰻と言う。
 旨いものでも食べて元気を出してもらうか。
 しかし松本は難色を示した。
「んん……。食べ物はどうかしら。放っといてもしっかりやるとは思うし……」
 確かに、市丸は自分のことは大抵自分で出来る。
 体調管理も何とかしてしまうし、今回のこともそう大騒ぎするほどのことはないかもしれない。
 しかし、心配している自分の気持ちは、放っておいても良いものでは、ない。
 困ったように眉根を寄せる吉良を横目で見遣り、松本は苦笑した。
 本当に良く出来た部下だと思う。
 市丸はわりかし好い加減な男であるから、こういった副官は必要不可欠であろう。
 幸せなヤツだわ。
 羨ましく思い、同時にちょっとだけ不甲斐ないと思った。
 全くもう。と一つ吐息。
 深く吐かれた呼気に、吉良は顔をあげた。その顔を、今度は真っ直ぐ見つめて松本は微笑む。
「夏は、固形物苦手になるのよ、アイツ。その代わり水分を欲しがらない? だから……固形物は固形物
でも、西瓜半分くらいまるまる食べるのが好きね」
「……え。す、西瓜、ですか?」
「西瓜」
「は、半分?」
 西瓜一個の半分を? まるまる? 
「半分ね。それが自分に許す贅沢なんですって。可笑しいわよね」
 一個では水腹でパンパンになってしまうが、それ以下には妥協したくない。
 だから二分の一個をそのまま食べるのが好きなのだ。
 大体普通は食べきれないわよ、そんなに。
 松本は笑うけれど、夏の市丸はあまりものを食べないので、それくらいの量でも呆れてしまうほどぺろりと
平らげてしまう。
「塩があると飽きが来ないらしいけど」
「塩!?」
 せっかく甘いのに塩をかけるとは! と驚くが、塩をかけると却って甘味が引き立つと言うのが市丸の持論で
あるらしい。
 またしても驚くべき告白に、吉良はただただ驚愕の眼差しで松本を見つめるしか出来なかった。

 吉良は隊舎へ戻ったあと、折を見て項垂れている市丸の前に冷えた西瓜を半分と、塩を置いた。
 これでも食べてくれなかったらどうしよう、と内心ドキドキしている吉良を、驚いたように市丸が見上げる。
「……どないしたん?」
 きっちり半分に切られた半個分の西瓜。掬う匙と、添え置かれた塩の小瓶。
 時々彼女が用意してくれていた、そのままの。
「隊長の夏バテには西瓜と、とある方から伺ったもので。隊長はどなたかご存知でしょう」
 吉良がほっと両頬を緩めて笑うと、市丸は再び皿に乗った半球体に視線を移す。
「……乱菊」
 小さく呼び捨てて名前を呼ぶ。
 訊ねるまでもなく、誰に訊いたかはすぐ分かった。
 彼女しか知らないのだから。
 市丸は匙を手に取り、西瓜を掬って口に入れた。
 中央の甘く瑞々しい部分。
 確か乱菊もここが好きで、好きだから最後に食べようとして下から掬っていたところ、腹がいっぱいになり
結局市丸が一番甘い部分を食べてやったこともあった。
 思い出して、ふっと口元を緩める。
 そして吉良を振り向いた。
「二人とも、おおきに」
 笑って見せると、吉良も笑う。
 今度お礼に、彼女の好きな葛きりでも買って持って行ってやろう、と、市丸は思った。
 おおっぴらに会いに行ける口実が出来たから。














コメント:
ごめんなさい。
と開口一番に言ってしまうくらいもう何が何やら。
乱菊さんの出番が少ないですしね。そもそもこれは対吉良? それとも対市丸? 
私は市丸相手のつもりで書いておりましたが。






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