日番谷冬獅郎率いる十番隊と京楽春水率いる八番隊はメノスグランデ討伐の命を受け、
現地に赴いた。日番谷と京楽がメノスと対峙している時、十番隊副隊長・松本乱菊と
八番隊副隊長・伊勢七緒は、飴に群がる蟻のようにメノスを目指して集まってくる虚に
苦戦を強いられていた。このままではやられると判断した乱菊は、まだ完成してない
卍解(ばんかい)を使い、斬魄刀を解放した。ふたりの死装束の男が、メノスが空に
あけた大穴を修復していた。桜、杜若(かきつばた)、伊達牡丹に紅葉――四季折々の
花紋をあしらった派手な羽織を肩にかけ、大柄な死神が言う。
「あの閃虚(セロ)を、浴びる直前で氷結させるとはね―――。参ったね。どうも。
恐れ入ったよ。冬獅郎君。」
「―――まあな。」
上背の低い死神が逆立った銀色の髪を掻きながら、照れくさそうに答える。
「メノスも巣へ戻ったし、さて、そろそろ七緒ちゃんと乱菊ちゃんを加勢しに行く―――」
京楽が最後まで言い終わらないうちに、七緒が青ざめた様子で走り寄ってきた。
「京楽隊長!! 日番谷隊長!!」
「ああ、七緒ちゃん。 今、捜しに行こうと思ってたところだよ。」
「乱菊さんが―――。乱菊さんが―――。」
普段は何事にも動じない七緒の取り乱した様子に、両隊長は驚いた。日番谷が眼を
かっと開く。
「松本が――どうした?」
剣を握らなければ おまえを守れない。剣を握ったままでは おまえを抱き締められない。
(BLEACH5 RIGHTARM OF THE GIANT)




浴衣




「消えた?だと。」日番谷が右の眦(まなじり)を大きく上げる。
「は――はい。グランドフィッシャー数体にとり囲まれて身動きがとれなくなったんです。
その中に霊圧を消せる奴も何匹かいて――。このままだと危ないと思われたのか、松本
副隊長が詠唱なしに斬魄刀を解放されたんです。」
「卍解か。」
「はい。その後――ものすごい爆風が吹いて、気を失ってしまったことは覚えています。
でも、眼を覚ましたら、虚の死骸が周りに転がっていて――松本副隊長が――消えていた
んです。」
「―――そうか。」
日番谷は眼を閉じて何かを考えていた。表情が硬い。
「も、申し訳ありません! すぐに周囲をくまなく捜しましたが、どこにも松本副隊長の
霊圧を感じることはできませんでした。」
七緒のただでさえ青白い顔が益々青みを帯びる。
「わかった。御苦労だった。伊勢。」
日番谷が、座っていた虚の残骸から飛び降りた。
「申し訳ありません。日番谷隊長。私が――私の力が足りなかったばかりに――こんな――。」
「七緒ちゃん。君のせいじゃないよ。」
京楽が七緒の肩に優しく手をかける。
「――でも、乱菊さんは私をかばって――」
「――ったく。どいつもこいつも気がはえぇ。アイツはまだ死んだと決まったわけじゃねぇ。」
「ですが、あれから既に小一時間はたってます。もし生きてらっしゃるなら、直ぐに連絡
されるはず――」
七緒の言葉に耳も貸さず、日番谷は踵(きびす)を返し、いきなり歩き出した。
「日番谷隊長!」
「おめぇらは先に尸魂界に帰ってろ。俺は松本を捜す。」
「日番谷隊長!!」
七緒の制止する声を尻目に石畳を強く蹴り、対岸にある木造家屋の瓦屋根に飛び移った。
砂埃(すなぼこり)が立つ。
「参ったね――。どうも。」
京楽がつぶやく。

ひとりになった日番谷は速度を上げ、虚の残骸が残る焼け野原を次から次へと跳び回っていた。
(どこに行った。)
20代後半だろうか。買い物帰りの主婦が子供の手を引いて、日番谷の足元を歩いていく。
彼女には、日番谷の姿も見えなければ虚の残骸も見えない。
(ここにもアイツの霊圧を感じない。)
現世の夏は、尸魂界より遥かに暑い。
死装束が汗でべったりと背中に張り付き、額の汗が玉になるが、日番谷は気に留めもしない。
「帰って来い。松本。俺は――ここにいるぞ。」




「テ、テッサイさん。喜助さん。」
ウルルがひしゃくを持ったまま、何やらあわてた様子で店の中へ入ってきた。
「あ−ウルル−♪ 店の前に水まいといてくれた−?」
浦原商店の店長・喜助が明るい声で尋ねる。テッサイが、たった今尸魂界から入荷した商品を
開封している。
「あの、それが――。きれいなお姉さんが、お店の前に落ちてるんですけど―お水まいても
いいんでしょうか?」
「へ―――!?」




「何、気になることって?七緒ちゃん。」
山門の石燈篭に寄りかかり、口に加えている縞葦(しまあし)をくるくる回しながら京楽が
尋ねた。日番谷が戻るまでとりあえず近くの寺の境内で待つことにした。
「実は、乱菊さんが消えた件で腑に落ちないことが一つあるんです。」
京楽が葦を回す動きを止めた。
「グランドフィッシャーは、敵の記憶が読めますよね。左手の爪で敵の記憶を読んで――そして、
右手でその人が決して斬る事のできない者に変化する。」
「うん。それで?」
「乱菊さんが卍解する直前、グランドフィッシャーは人間に変化したんです。」
「そうなの?誰に?」
「それが―――日番谷隊長みたいなんですけど――。」
「何だ。それって、乱菊ちゃんの一番大事なひとが冬獅郎君ってこと?」
「いえ、そうじゃないんです。そういうことが言いたいんじゃないんです。その人、日番谷
隊長なんですけど、日番谷隊長じゃなかったんです。」
「?」
「顔も雰囲気もそっくりなんですけど、もっと背が高くて――日番谷隊長を二十歳前後にした
ような――。それに月代(さかやき)を剃ってました。その人。」
「何?その人?侍ってこと?」
「わかりません。でも、あの時乱菊さん、その人型(ひとがた)を見てすごくびっくりしてました。
あの人、たぶん乱菊さんの知ってる人だと思います。」
「――うーん。」
「乱菊さんの集中力が乱れたのは、たぶんそのせいじゃないでしょうか。」
「――かもねぇ。やれやれ。こりゃ、どうも。面倒なことになってきたねぇ。」
京楽は首を左右に振りながら関節を鳴らすと、右手で背中をぼりぼり掻いた。
「あ、思い出した。」
「何ですか?隊長?」
「乱菊ちゃんが、助けを求めに行きそうなトコ。」





「いやはや、びっくりしましたな。」
テッサイが、鉄瓶からお湯を急須に注ぎながら言った。
「うん。まさか乱菊サンにこんなところで会うとはねぇ。」
喜助がお茶の間の円卓に右肘を突いてつぶやく。奥の座敷からウルルが戻ってくる。
「テッサイさん。喜助さん。あのお姉さん、目を覚ましました。」
「あ、そう。どうもありがとう。ウルル。乱菊サン着替えさせてくれた?」
「はい。あの、二人はあのお姉さんの事知ってるんですか?」
「うん。乱菊サンは昔、僕の部下だったんスよ。」
「へええ〜」
ギン太が大福をほおばりながら驚く。
「さて、と。じゃあ乱菊サンにちょっと挨拶してくるかな。」
喜助が立ち上がると、ウルルが恥ずかしそうに声をかける。
「あの。あのお姉さん、喜助さんが買ってきた浴衣がとても良く似合ってます。浴衣を着ると
すごく色っぽいですね。あのお姉さん。」
「バァカ。浴衣じゃなくても超・超!色っぺーよ!!盛りもちょー!!デケェしよ!!」
こ―――んなんだぜ、こ――――んなんと自分の胸を揺さぶるギン太。
「ほっほ――お。どこから見てたのですかな?ギン太殿?」
テッサイがギン太のほっぺをむんずと掴み、天井まで高く持ち上げた。
「イへへ。イへ−。テッハイ――はん。な、なまは見てまへん。ゆかはの上から見ては、
はへでふぅ―――。」
喜助が縦縞のチューリップ・ハットの下から微笑んだ。
「そうっスね。あの人は昔から華やかな人だったっスよ。今と変わらず、ね。」
(ただ、見かけと性格にえっらいギャップがあんだよなぁ―――)
殺風景な床の間。煎餅布団の上で長い髪の女が横たわっている。喜助が女の枕もとに座る。
「失礼します。乱菊サン。気が付きました?」
女は横たわったまま声のした方へ首を動かした。
「どうですか?具合は?」
「――――あなたは?」
女の瞳に警戒の色が浮かぶ。
「浦原ですよ。たった30年会わない位でもう忘れちゃったんスか?ひどいなァ」
「申し訳ございません。わたくし――。」
「乱菊さん。テッサイです。」
それでも反応しない乱菊を見て、ふたりは何かおかしいと気が付いた。女が布団から身を
起こし襟元を合わせて言った。
「わたくしは、玄々斎(げんげんさい)宗室の孫娘、松本乱菊と申します。わたくしは、
一体どうしてここにいるのでしょうか。」
「へ―――!?」
「記憶喪失ぅ!?あの巨乳ねーちゃんが?店長?」
ギン太が目をむく。
「うん―――。それともちょっと違うんスよね。」
喜助が破れた帽子をとって頭をぽりぽりと掻いた。
「どういうこと?」
「つまりですな。乱菊さんは現世の記憶を思い出したのですよ。ところどころで、完全な
記憶ではありませんが。その代わり死神になってからのことは、きれいさっぱり忘れてしまった
ということです。」
テッサイが喜助に代わって説明した。
「げ、現世って人間だったころの?―それって店長――ヤバイんじゃあ――。」
うん。そうなんだよと、帽子を回す喜助。
「やっかいなことになりましたなぁ――。」
テッサイが大きなため息をつく。
「あの、すみません。どうしてヤバイんですか?喜助さん。」
ウルルが不思議そうに尋ねる。
「うん?ウルル。それはね。」
「現世の記憶を持ってちゃあ死神になれねぇからだよ。」
ギン太が横から口を挟む。喜助が話の後を継ぐ。
「普通は――魂葬された魂は流魂街に着くと、月日が経つに従い現世での記憶を自然と忘れていく
んっス。そして何年か流魂街で暮らした後、再び生物に生まれ変わって現世に戻るんだ。」
「けれども、まれにですが強力な霊力を持つ魂がいるのです。そして、そういう魂は生まれ変わらず
に死神になる事もできるのです。」
テッサイが付け加える。
「何で喜助さん達は、死神になる方を選んだんですか?」
ウルルが、前から聞いてみたかった事を尋ねて見る。
「僕たち?あはは―。僕たちは、生まれ変われる順番がずーっと後だったんスよ。待ちきれなくて
死神になっちまったんス。」
喜助がけらけらと笑う。
「そうなんですか?じゃあ、あのお姉さんも?」
「さぁ――。どうっスかねぇ―――。」
浦原商店の庭先に白い槿(むくげ)が咲いている。乱菊は、素足に黒の塗り下駄を履くと縁の下の
石畳に降りた。よく打ち水がされていて、心地よい。白い?瑰(はまなす)の藍浴衣に、紅花で染め
打ちされた木綿の半幅帯(はんぷくおび)を締めた乱菊が庭先に立つと、そこだけ空気がぱあっと
明るくなった。結い髪の後れ毛(おくれげ)を直そうと、下を向いた時に半襟からのぞく白いうなじが
殊の外(ことのほか)眩しい。円盆に冷えた麦湯を運びながら、相変わらず美しいひとだとテッサイは
思った。青空に雲の峰が連なっている。夏日を避け木下闇(このしたやみ)に入ると、岩間に薄桃色の
花弁をした笹百合がひっそりと咲いていた。
(なぜだろう。とてもなつかしい―――)
よく見ようと膝を折ると、垣根越しに雉(きじ)が歩いていくのが見えた。
「あら、あれは。」
「雷鳥(らいちょう)ですな。この庭は別空間と繋がってるので、めずらしい生き物が迷い込んでくる
事がよくあります。」
テッサイが麦湯を茶卓に置く。
「雷鳥に出会うと天気が悪くなるといいますね。そういえば、なんだか雨が降りそうですな。」
「テッサイ様。雷鳥に罪はないんですのよ。雷鳥にとって鷲や鷹は天敵なんです。雨や霧の日に鷲や鷹は
空を飛ばないでしょう?だから雷鳥はお天気が悪い日に安心して這松(はいまつ)から出てくるんですわ。」
いたずらっぽい目で乱菊は微笑んだ。
「ほほぉ。乱菊殿は中々、博識ですな。」
「単なる受け売りですわ。」
「どなたからのですか?」
「どなたからの? どなたから――聞いたんでしょうか。わたくしは――。」
夢の中にいるような乱菊の様子を、テッサイが心配そうに眺めていた。

―――乱菊どの―――月代を剃った険しい瞳をした男が、意識の下から呼びかける。(
誰だろう――あのひとは――。)
――乱菊どの。あれは雉ではありません。雷鳥ですよ。霧が出てきたのでお屋敷に迷い込んできたのでしょう。――
――まあ、これが雷鳥ですの。はじめて見ましたわ。そういえば、雷鳥にでくわすと天気が悪くなると
言いますわね。――
男が軽く笑う。
――いいえ。乱菊どの。因果が逆ですよ。雷鳥が雨を呼ぶのではなくて、雨が降るから雷鳥が出てくるの
です。雨降りは天敵の鷹が巣にこもっていますからね。雷鳥にはいい按配なんです。――
(あのひとは――)
乱菊の額から脂汗(あぶらあせ)が流れ落ちる。
――よくご存知ね。冬獅郎様。――
――元服前に弟と一緒によく山登りに行きましたからね。ただの野育ちなのですよ。私は。それにしても、乱菊様は、
世に名高いじゃじゃ馬なのに雷鳥を見たことがないなんて。やはりお嬢様育ちですね。――
からかうような瞳で男が微笑む。
――まあ、いじわるね。冬獅郎様。――
(誰なの?あの方は。お侍様のようだけど、なんだか、とても懐かしい――。)
乱菊は軽い眩暈(めまい)を覚えた。
「乱菊殿!?気分が悪いのですか?」
テッサイが乱菊の異変に気づいて立ち上がり、縁側まで走り寄ってくる。
(優しく笑うあの方は――)
「乱菊殿!! ウルル殿!!水!!水を持ってきてください!! 店長!! 乱菊殿が倒れましたぞ!!」





「何?浦原喜助のところだと?」
焼け野原を乱菊を求めて手当たり次第捜し回ったものの、爪先ほどの手ががりも掴(つか)めなかった
日番谷は、すこぶる機嫌が悪い。いつもに増して深く眉間(みけん)に皺を寄せる。
「おそらくね。」
京楽が白扇子を大きく扇ぐ。七緒が寺の山門から姿を表す。
「只今、浦原前隊長から連絡が入りました。松本副隊長を保護されているそうです。」
「ビンゴ♪」
京楽が唇で葦を大きく回す。
「――――。」
ほんの半年前、隊長に就任した日番谷は、浦原喜助の存在を聞いたことはあったが、その人の詳しい人
となりは知らなかった。乱菊が日番谷の副官に任命されるまで他隊の副官であったとは聞いていた。だが、
今まで乱菊の口から浦原の名前を聞いた事はない。なのに何故、おそらく重傷を負っているであろう彼女は、
浦原のところへ向かったのか。この自分のところではなく。何だかとてもやるせない気持ちになる。
「日番谷隊長。早くお迎えに参りませんと、夜になってしまいます。現世に必要以上に滞在しますと滞在
超過と見なされて、処罰――。」
「わかっている。」
日番谷は静かに七緒の声を遮ると、十番隊の羽織を翻し(ひるがえし)、夕暮れの塔中(たっちゅう)を
音も無く横切って行った。蜩(ひぐらし)の音が杉木立ち(こだち)の参道に響き渡る。京楽と七緒は、
少し互いの顔を見あった後、直ぐに日番谷の後を追った。
「乱菊さんは――どうして浦原前隊長のところへ行ったんでしょうか。」
「さあ―――ボクは女心に疎い(うとい)から。」
七緒ちゃんは別格だけど、と微笑む京楽を眼鏡の奥でじろりと睨み、七緒は心の中でつぶやいた。
(あの様子じゃあ、今晩は嵐になるわねぇ。あ−あ。)     











『花火』に続く





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